ミニ四駆初レース

今日はハーバーランドでミニ四駆のレースがあり、後輩がエントリーするというので出かける事に。3レーンのわりと半径の大きめのコース。高いバンクのあとの長いストレートが凶悪などちらかというと高速コース。

最初は予選だが、後輩のTRFはローラーが壊れたとかで応急セッティングで安定せず苦戦中。最後はプラズマをあきらめレブチューンモーターでとりあえず予選を完走。

私も一応マシンを持ってかえっているが、これがまったくの未走行マシン。しかも私は未だにマシンを安定させたことがないとあって走らせるつもりはなかったが、後輩に「たぶん行けますよ。」といわれて手持ちのトルクチューンモーターで走らせる事に。2時間ある予選の終了10分前でぶっつけ本番もいいところだったが、なんと1回で完走。タイムは36秒前半。ちなみにトップレコードは30秒前半。さすがに遅い。(^^;;;

結局、参加者数が少なめだった事もあって予選はほぼ全員が通過。準々決勝へ。今度は完走順にならべられた2台OR3台のマッチレース。1位が準決勝へコマをすすめられる。で、ここで惨敗。やはりトルクチューンベースのセッティングでは遅い。おそらくアトミックチューンからジェットダッシュあたりといったところとは後輩の弁。

ま、完走したので私にとってはまずまずの結果だったかな。

Koshishin車両工業北神戸工場の久々の新作

今日は先月、購入したヨ6000のうちの1両の改造。と、いっても実は以前に同じヨ6000をベースに作りかけていた車両があったのだが、それに屋根と床下を供出して、前の作りかけをまたきちんと組みなおしたのである。

で、完成したのはフリーランスの2軸木造風客車。車体に木造風に見せるための筋彫りを入れて、シルヘッダーと扉と妻面をくっつけただけのお手軽改造である。あえてめんどうなのは併結相手のTOMIXの貨車にあわせて車体幅を1mmほと縮めたところくらいで、それにしたって屋根はそのままで妻面はどうせ作るので非常に簡単。

で、出来てみると窓配置がヨ6000のままだし、屋根もシングルルーフということで戦後形客車の出来そこないのショーティーのようでなかなかマヌケである。扉をつけたのも一因かな。おまけに併結相手のキハ02よりでかい始末。かといって他に牽かせて似合うようなロコは持ってないしねぇ。(^^;;;

とにもかくにも出来たものは出来たので命名。 コハ11形コハ12 私鉄風の付番だけど、「コハ」というあたりはいちおう国鉄にならってつけてたり。そして、キハ02とともに半分ストラクチャー化(笑)。次のヨ6000は鋼製シルヘッダー付のコハ21にするか、それとも伝説(謎)のコロネ17 2にするかどうしようかなぁ。

久々にTVの「逮捕しちゃうぞ」を見る。プリメーラだのマークIIだのという車名がでてくるあたりがやっぱいいねぇ。でもそういわれて画面見ても判別しにくいくらいの描き込みだけどね。しかし、福岡じゃやってないので見れないのだ。(;_;)

バッテリーケースげっとぉ

先日行ったばかりだったが、せっかくなんばにきたのだからということで日本橋へ。471円のNLのバッテリーケースを発見。最近持ってるのが調子悪いのでさっそく2つともゲットしておく。それにしても17inchディスプレイは高い。(T_T)

生まれ育った時間を探しに~南海21000系~

起きたら9時・・・もっと早く起きようと思ったのに。とにもかくにもすぐ出発。駅に行ったらいきなり5017Fなんて車両が来てびっくり。ついに5000系も3000系にならぶ両数になったのか。おそるべし神鉄。で、乗ったのは新開地行き3017F3000系ラストナンバー。新開地からは阪神特急に乗って梅田へ。梅田からは御堂筋線は10系に乗って難波へ。今日は中学時代までを沿線で過ごした南海高野線の21000系が引退するというので当時の塗装に戻して運転されている21000系に乗りに行くのである。なぜなら21000系と今回同じく引退する22000系は林間田園都市に住んでいた私にとって電車そのものでいくどとなくお世話になった車両だから。9月からは極楽橋まで直通する急行からこれらの車両が消え、私が高野線沿線を離れる前後に登場した2000系のみとなる。子供の頃にあたりまえだった風景がなくなる。そう思うと、今回の運転はのっとかなければ・・・そんな気になっての今日の行動である。

すでに11時は10分をまわっていたので、もう11:30の急行は入線しているかな?と思ったらまだ入っていない模様。そこで準急で新今宮へいくことに。準急は6300系………つまりは6100系の台車をパイオニアIIIからFSミンデンに振り替えたものだ。しかしMcが6301形というのはいいが、Tが6401形というのは納得がいかない。更新されて元の車内の製造銘板がなくなっているのも謎。6000系ではちゃんと残していたのにねぇ。とはいえ車内は新色になってシートはグレーになったがその他は面影が残っている。そして、あいかわらずの発車ブザーとともに発車。シュイーンと響く歯車音が懐かしい。新今宮で降り、2番線で待っているといくつかの列車の後になんば行き急行到着。先頭2両が22000系を更新した2200系、後ろ4両が21000系21015Fの6両、最高の組み合わせだ。21000系は7月に塗り換えたばっかりなので塗装が不自然なほどぴかぴかである。これを見送り、この編成の折返の急行極楽橋行きを待つ。やはりというかなんというか21000系最後の土曜ということでカメラをもった鉄道マニアの多い事。そんな中、昔よく使った一番先頭の乗車位置で待っているとさきほどの編成が今度は21000系を先頭にしてやってきた。昔幾度となく見慣れた風景に思わずはっとする。

先頭車のいわゆる「かぶりつきゾーン」はやはり鉄道マニアこと「てっちゃん」でいっぱいである。でもまわりを見渡すと先生に連れられてどこかにいく小学生のグループ等の「高野線の夏」といった車内風景も相変わらずで懐かしさをおぼえる。車内はほぼ昔のままで、変わったように感じるのは運転室に新型の列車時刻表示装置が設置されている点と吊り皮の広告がなじみのタカシマヤからなんばCITYになってたり沿線案内が新しいデザインになってたりといった細かい点の違いくらい、網棚の下の蛍光灯や2扉ロングシートがもたらす独特の光の具合などはそのまんま。グゥーンという加速音やブレーキ音もなつかしい。特にブレーキ音はキシャーッという鋳鉄制輪子らしい空制(空気ブレーキ)音がしばらく響いた後、遅れて立ちあがった電制(電気ブレーキ)に切り変わり、止まる寸前に電制が切れ空制が強くなる。そして空制を調整する時に台車のブレーキ機構から出るカタカタという音とともに停車する。特に下り列車河内長野の手前では下り勾配での高速からのブレーキとあって電制中も空制音が響き「もうすぐ河内長野だなぁ」と思ったものである。

とはいえ、沿線を離れて8年も経っているのだから変わっているところも多い。天下茶屋付近の高架化や橋本までの複線化は完成し、好きだった岸ノ里(現岸ノ里玉出)や御幸辻-橋本の風景はかわってしまったし、増結車を解結する駅は三日市町から橋本にかわってしまった。すれ違う電車もみんな新塗装で、泉北5000・7000等のなじみのない車両もちょくちょくまじる。そういえば、昔より遅く感じるのは私が大きくなったせいだろうか。

育った林間田園都市を過ぎ、橋本をこえて、高野下からの山岳区間へ。橋本からも50km/h制限が連発していたが高野下からは33km/h制限や50パーミル勾配連発。急な山の中腹を走り窓から見下ろす風景が恐い。そんな山の中でも21000系の写真を撮ろうとするてっちゃんが多いのには驚く。でも車内はさっきの子供達とてっちゃんの一人が話したりしたりとわりとなごやかムードである。またその子供達(小学4年生らしい)の発言が楽しい。「まだまだ走れるのにもったいないやん。」とか「新しい色は個人的に好きじゃない」とかあんたはてっちゃんか?という感じ。でもてっちゃんでもない小学生の子供がこういう発言をしてくれるのはちょっとうれしい。そういえばトンネルの数を数える遊びは私が小学校の時の林間学校で高野山行った時もしたっけな。

そんなこんなですでに街中よりかなり涼しい極楽橋到着。ここで「てっちゃん」以外のほとんどのお客は高野山行きのケーブルカーに乗り換え。残るのはてっちゃんこと鉄道ファンのみとなる。ここで駅員さんが「今日だけやで」といいながらの大サービス。なんと線路に降りていいっていうのである。さっそく降りて写真撮影。駅員さん、ほんとにありがとうございました。

そろそろ出発時刻も近づいたので売店で私の好きな紀ノ川名物柿の葉ずしを買って再び21000系に乗車。座って眠りも交えながら窓の外を眺めていると21000系が引退するって事も神戸からわざわざ乗りに来ているって事も忘れて、昔の林間田園都市に住んでいたあの頃の気分に戻っていた。なんばに到着。ここで21000系に別れをつげる。ほんとは最初はこれの折返をどこかの線路際から撮ろうと思っていたけど、あの頃の気分に戻った事で満足してしまって、そんなことはどうでもよくなってしまった。

最後に心の中で「ほんとにお疲れ様」と言ったその時、私の中の過去がひとつ想い出になった気がした。

マウス購入

大垣夜行の中に忘れたと思っていた腕時計だが、かばんの奥底から見つかった。とはいうものの新しい時計が欲しいとおもっていたのでマウス購入ついでに買うべく、神戸へ。某マップに行くと、WZ-500の液晶パッドWizの中古が4980円。9821Cx3付属17inchディスプレイが38000円と非常に私を悩ます。が、結局買わなかったけど。そして、なんとここでも叩き売り!のNEOSの光学式マウス。1980円と前よりちょっと高いが、なぜかこっちには変換アダプターもついているのでこんなもんかも。当然、これを購入。

時計はあくまでお遊び用ということで、ノーブランドのデジタル時計を1500円で購入。大きなライトボタンと表示が原チャに乗っている時に便利そう。

しかし、同じ市内なのに神戸まで往復1000円は結構痛い。(i_i)

マウス不調

残暑見舞いのCGでも描こうと最近メインからサブマウスになったマウスを動かしてみるとどーもおかしい。クリックしても反応しない事がある。いろいろ試した結果、どうもコードがへたってきたのが原因らしい。(;_;)

結局、特になにをするわけでもなく

実は富士で上り臨時大垣夜行に乗り換え、「横軽」に乗ろうという気もあったのだが、おかず氏との遭遇に加え、座れたし、すでに降りる事さえ困難な混みかたに結局止める事にする。わりとよく寝れ、気づけば大垣着。列車を乗りかえ京都へ。しかし、大垣夜行に腕時計忘れてきた。

快速区間のタンゴディスカバリーに乗るべく9:07の山陰線に乗り次ぐつもりだったが、新しい京都駅に感心しつつ歩いているうちに乗り遅れる(爆)。仕方ないので新装なった梅小路の蒸気機関車館にいくも定休日だった。結局、日本橋をうろついてから帰る。

ひと、ひと、ひと

臨海副都心線に乗り国際展示場駅に着いたのは11時頃。駅から出てみるとたいそうな人が並んでいるが、わりと流れているところを見るとわりとすぐに入れるみたい。しかし、昨日の朝からまともな食事をしていないのでまずはブランチとする。ありがちなハンバーガーの食事を外のベンチで取った後、並ぶと15分ほどで建物の中に入れた。いやあ、ほんと人は多いし、ブースも多いし、いやはやすごい。今回、私の目的は本を買う事ではないのでまだいいが、ぶらぶらとブースをのぞいていたら足が棒になってしまった。やはり、目的の本があるわけでなくても、やはりパンフでまわるところの目星をつけてからまわらないとやってられないとは今回の教訓である。

そして、HPの相互リンクをしている某氏に会いに行く、ほんとにまこちゃんのかっこしている・・・(^^;;;。あとHPが好きなまるよさんのブースにも行ったが、声はかけそびれてしまった。結局、買った本はこの2つのブースで買った3冊のみ。終了時刻までぶらぶらとしてから展示場を後にする。

そのあと、秋葉原を回るが、今回はたいした収穫なし。そのあと、食事をしてから臨時大垣夜行に並ぶ。21時前だったがすでに長い列。最終的に列は倍以上になった。こんなことなら一度乗ってみたいユーロライナーを使用したコミケットトレインでもよかったかなと思ったが、なんとか席を確保する事は出来た。ここでパソコン通信の知り合いのおかず氏と偶然遭遇。行動を共にする事に。

眠れない夜を抱いて

とりあえず、通路を確保。落ち着いてくる豊橋からは座り込む。M君はせっせと学校のレポート作成にいそしんでいる。どこか忘れたが、席が1つあいたのでM君を座らせて、私は通路に寝転ぶ。たまに通る人さえいなければこっちのほうが快適かもしれない。結局、座れたのは列車が首都圏に入ってからだった。そして東京に到着。別府から20時間弱の道のり。しかし、せっかく神戸に帰省したのに九州から東京に行くはめになるとは・・・

東京から総武線に乗り、船橋へ。連れがパソコン通信の知り合いC氏と会うのだという。しかし、C氏は30分遅刻。その後、同じくパソコン通信の知り合いの人が運転する地下鉄電車に乗り、有楽町で連れと別れる。

東京駅まで歩いてから上野まで電車に乗り、資料用に〔あさま〕を撮影。そして、新木場経由でコミケ会場の国際展示場へ向かう。

客車のちくま

大阪からは前もって打ちあわせた通りに後輩のM君が乗ってきた。鉄話をしているうちに米原到着。ここからは本日2度目のワープ。〔ちくま〕で名古屋に。B寝台・座席ともに7~8割くらいになるであろう乗車率。青春18でなきゃこれで長野経由で東京に行くのが結構いいのになぁ。しかし383系になるのは少しさみしい。

お目当ての臨時大垣夜行は予想以上の混みぶり。臨時の大垣夜行でも上りならボックスあたり2~3人ですむというのが私の認識だったが、今日のはボックス4人の上にデッキや通路まで人でいっぱいである。おそるべしコミケ(笑) しかし・・・・まいったな。