智頭急行とタブレット

4日に後輩から電話がかかってきて、「どこかに行こう」ということで出かける事に。神戸電鉄の始発に乗って阪急三宮で合流。JRに乗り換える。

まずは姫路まで行き姫新線に乗車、後輩の運行時分調査のため途中の数駅の間を戻ったりもする。しかしJR西日本にもいつもまにか キハ47のエンジン換装車 がやたら増殖してるんだねぇ。換装機関はコマツのSA6D125Hで、使用出力は運転席の「330ps機関」の札からするに330PS、変速機も交換されているようで、いままで換装に手をつけてなかったわりには、なかなか気合の入った換装である。

佐用で降りて線路横で〔はくと〕を撮影。うーん、やっぱキハ181ですよ。うんうんうん。その後、智頭急行急行の普通列車で久崎まで行き折り返し大原へ。特急停車駅なのに車庫もあるのに車いす用リフトもついてるのに無人駅というなんとも変な駅である。近くには宿場町の町並みが残っているので少し見物して、再び普通列車で智頭に向かう。

智頭からは因美線の普通列車で津山へ。この普通列車がキハ58の急行編成でなんとグリーン車まで入っているという編成。気分は秋に消えてしまった〔砂丘〕だ。通過授受こそなくなったもののタブレットも腕木式信号も健在。ついついカメラのシャッターを押してしまう。てっちゃんの姿もなくてのんびり楽しめました。

津山からは快速〔ことぶき〕に乗車。これが塗装は今のJR西日本風だし、指定席まであるというのに中身はそのままのセミクロスなキハ47の2連でなかなかいやーな列車である。しかし、走りは路線を考えるとなかなかのもので後輩いわく「エンジン換装車限定のダイヤ」というもの。実際、キハ47の最高速度である95km/hもちょくちょく出してた様子。

淡路島最後の冬の大渋滞

今日は新居浜から神戸に帰る日。帰り道も瀬戸大橋は経由せず、徳島から淡路島を抜けて帰る事に。やはり、徳島城によったりした後に大鳴門橋を渡り、淡路島へ。洲本城によった後、明石までのフェリーに乗るべく岩屋に向かったのだが、岩屋の町に入るしばらく前から車の列列列。普通の渋滞かと思いきや、 フェリーに乗る車の列 というのだからたまらない。交通整理の係員に聞いたところ、 6時間待ちくらい という返事が帰ってきた。どひぇー。 さすがに公道に延々と列をつくらすわけにはいかないというわけか、途中数ヶ所に臨時駐車場を設けて、一旦車をそこに取り込み、港の駐車場が開いたらそこから港の駐車場にまわすというさばき方をしていました。臨時駐車場には臨時売店から仮説トイレまで設置してある用意の良さで、この混雑は毎年の事であることがわかりますな。結局、4時間待ちでフェリーに乗船。しかし、明石大橋が4月には開通するのでこの光景もおそらく最後。いい思い出になるなと思いました。

フェリーの乗船時間は20分。4時間待ってこれだから、いやはや短い。運行間隔も10~20分というところで完全な「足」であるフェリーですね。実際、車から乗ったままで過ごす人が大半。普通のフェリーなら車両甲板は航行中立ち入り禁止ですからねぇ。しかし、思った以上に船が新しいのには驚いた。はたして橋ができた後にはどうなるのだろうか。橋は原チャで渡る事ができないだけに余計に気になる。

フェリーから降りて下道走ってかえると日付が変わろうかと時間でした。

お正月

祖父のところで正月を迎えるからには酒がのめるぞと期待していたのだが、夕食も半分のところで小学生のいとこに隣の部屋に「拉致」されて、ひたすらトラックやらバスの絵をかかされたのでほとんど飲めなかった。でも会うのは1年に1回あるかないかだし、お年玉をあげたわけでもないので、これくらいはやってあげなきゃね。

飛んだ年越し

帰省時の年越しは母方の祖父の家でするのが恒例なので、母方の祖父のところへ。ここはお酒をよく飲むので、ちと期待していたのだが、風邪でも引いたらしく、晩御飯もろくに食べずにダウンしちゃいました。おかげで紅白も見てない。とんだ年越しになってしまった。

帰省の帰省

神戸に帰ってきたのも束の間、今度は両親の実家のある新居浜への帰省である。車で行く場合、瀬戸大橋を渡るのが一番速いのだが、今回は広島経由で帰るとの事。

実は広島は受験で1度来ているが、その時はほとんどどこにもいかなかったので、平和記念公園や広島城といったところは今回が初めて。8月6日生まれとしては外せない場所なのだが、年末という事で原爆資料館はお休みでした。まあお役所とはこんなものだ。

そして、竹原からフェリーで今治に渡る。小さいフェリーだが時間も70分だ。そして新居浜の父方の祖父の家へ。

WIN95なパソコン

父親がパソコンを買うというので三宮へ。前にPC-9821V7を持っていたのだが、これは弟の手にわたったので、代わりのを買おうというわけである。あんまり歩き回るつもりもなかったので、早めに候補をしぼったのはIBMの2機種。旧機種のほうがCPUはMMXペンティアムだけど、ディスプレイはピッチ細かいし、ついてるソフト多いし、HDDもでかいし、かなりよさげだったのだが、なんでもメモリの最大搭載量が64MBとかいうので却下し、新機種の方を購入。CPUがIBMのK6の17インチディスプレイセットのミニタワーアプティバだ。しかし、父親も弟も17インチディスプレイの95マシンを持った事に。ああ、うちはいつ95が動くマシンが・・・(T_T)

でも実際問題、今の使い方だと98DOSが動く方が暇潰しにはなるのよねー。

南海電車

フェリーの着いた泉大津港から連絡バスで泉大津駅へ。南海電車でなんば駅へ。ところどころに青の他の改札機より長いピンクの改札機が交じっているのはきっとスルっとKANSAI対応準備なんだろう。そして日本橋と三宮と神戸によって最後は神鉄で帰る。

帰省だ帰省

昨日の疲れもあって昼過ぎまで寝ちゃったので、あわただしく身仕度を整え夕方に寮を出て、バスで新飯塚駅へ。直方まではキハ200、直方から黒崎まではキハ47、黒崎から小倉までは813系だ。直方ではキハ52がエンジンかかってて、まだまだ健在の様子。小倉で一旦降りてお菓子を買い込みし、415系で門司へ。時間的には名門大洋フェリーの連絡バスに間に合うが、ここはその後の阪九フェリーに乗る事にし、晩御飯を取る事にする。といってもラーメンだが。

阪九フェリー連絡バスに乗り、新門司港へ。バスは西鉄バスだが、運賃は無料。しかもいつも運転手の愛想がよい。思わずバス降りる時「ありがとー」と言ってしまいました。幼稚園で路線バス通園してた時以来だな。たぶん。

今日乗る船は泉大津航路上り2便。ちょっと前は神戸2便泉大津1便だったんだけど、秋から神戸1便泉大津2便になっちゃったんだよねー。で、船は「ニューあかし」、初めて乗る型なのでうれしい。中は製造時期通りに今の阪九フェリー6隻3タイプの中で一番古いニューはりま型と最新鋭フェリーせっつ型の中間的な船室構成とデザイン。しかしだ、阪九フェリーはジュースが110円だったはずなのだが、いつのまにか 120円になっている 消費税があがった時に値上げでもしたのだろうか。まあ、120円ならまだいい。しかし、レストランはやっぱり高い。でもこれもフェリーのレストランだから当たり前ではある。

しかしまいったのはやたら暖房が強い事。フェリーの暖房というのはたいてい強いものなのだが、今日の強さは半端ではなく、 チョコがやわらかくなってしまう 程の暑さである。夏だよこれじゃ。

大変なのは帰りだった

そこからいなか道を快調に走り、芥屋大門駐車場についたのは13時40分過ぎ。バイクは6台ほど。GSX-R1100乗りの方に声をかけていただく。なんでも大分から来たとのこと。スクーター乗りの私に声かけていただいてありがとうございました。その後もぱらぱらと集まり、集合写真を撮った時には13台のバイクがあつまってました。さすがに50ccは私だけでした(汗)。あとはCBRやらTWやらSDRやらDTとかZZ-RやらゴリラとかNチビ80とかいった感じ。集合写真を撮った後、みんなばらばらに帰っていきました。思ったより盛り上がりなかったかなーという感じ。

私も海を見た後に14時半頃に帰途につく。やっぱり、渋滞ぎみの道をひた戻る。博多でちょっとパソコン屋に寄り、博多市街通過したのはすでに17時。ちょっとやばい予感。帰りは八木山を通ろうかと思ったが、やっぱし行き来たルートで戻る事にしたが、予想通り、帰りは坂がきついきつい。きついとこでは20km/hで均衡してしまう。それでも幸い車が少なかったのでなんとか精神的には楽に登りきる。しかし、大変なのはここからで、下りがこわいこわい。なにせすでに周りは真っ暗。ジェンマのライトは25Wとめちゃくちゃ暗く、先のカーブがわからない。おまけに対向車はそこそこいるのでハイビームもあんまり使えない。さらには車が増えてきてるのでかなりの速度を出さないとすぐにつつかれる。おまけにブレーキはきかない。うー、かなり恐かった。走らない曲がらない止まらない先が見えないバイク程恐い物はありませんな。(汗)

そんなこんなでも無事飯塚に帰還。寮に戻ったのは18時半でした。走行距離は150km。ふー、疲れた。